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【テレビ】1/27芸能花舞台;伝説の至芸・市村羽左衛門
1/27の芸能花舞台は十七代目市村羽左衛門特集.
今年は七回忌にあたり,5月の團菊祭では追善狂言があるとか.

芸能花舞台HPより
伝説の至芸・市村羽左衛門  

昭和から平成の歌舞伎界で、立役(男役)の第一人者として活躍した十七世市村羽左衛門(いちむらうざえもん)。真面目で堅実な芸風で「忠臣蔵」の由良之助などの役を得意としたほか、「髪結新三」の弥太五郎など脇役としても舞台に深みを加え、八十年の人生を歌舞伎に捧げた。また、「歌舞伎界の生き字引」とも称されたほど、歌舞伎の役作り・型・衣裳・小道具に至るまで詳しい知識を持ち合わせ、それを現代に伝えた功績は非常に大きい。平成十三年に亡くなった羽左衛門の芸と人柄を、七回忌にちなんで振り返りたい。

名人に囲まれて
 十七世羽左衛門は、大正五年七月十一日生まれ。父親は六世坂東彦三郎で、六代目菊五郎や六世梅幸、十五世羽左衛門とも縁続きだった。22歳で父親を亡くした羽左衛門は、六代目菊五郎に薫陶を受けるようになる。数々の名人と接する中で、羽左衛門の知識は育まれていった。

菊五郎劇団の副将として
 昭和二十四年、六代目菊五郎の死後、羽左衛門は菊五郎劇団の一員となった。しかし、当時、十一世市川團十郎や二世尾上松緑、七世尾上梅幸が揃う劇団の中で、羽左衛門の置かれた立場は「脇」として生きることだった。主役を立て、芝居のアンサンブルを考え周囲に目を配る。これが羽左衛門の芸の基盤だった。

70歳を迎えて咲いた花
 先人達が去り、羽左衛門が芸の花を咲かせたのは70歳を過ぎてからだった。「勧進帳」の弁慶、初役で演じた「馬盥」の光秀…。晩年は病魔に冒され、手術を重ねながらの舞台出演ではあったが、羽左衛門はあくまでも舞台にこだわり、亡くなる数ヶ月前まで舞台に立ち続けた。

<演目>
「源平布引滝」(げんぺいぬのびきのたき)
<平成10年放送>
 通称「実盛物語」。源氏に心を寄せる武士・斎藤実盛が、義太夫に乗ってみせる「物語」の演技が最大の見どころ。十五世羽左衛門が当たり芸とした役に挑戦、智情備えた演技が評判を呼んだ。
   
「梅雨小袖昔八丈〜髪結新三〜」(つゆこそでむかしはちじょう)
<昭和46年放送>
 河竹黙阿弥作による世話物。二世松緑が新三、十七世羽左衛門が弥太五郎源七を演じ、菊五郎劇団ならではのチームワークが評判を呼んだ。
「時今也桔梗旗揚」(ときはいまききょうのはたあげ)
<平成9年放送>
 通称「馬盥の光秀」(ばだらいのみつひで)。織田信長(芝居では小田春永)の屈辱に耐え続けた明智光秀(芝居では武智光秀)が謀反を決意する演技が見所で、亡くなる数年前に初役で演じた。


ちなみに,羽左衛門さんはこんな方.
<経歴>
大正5年 東京生まれ
大正10年(5歳) 三世坂東亀三郎の名で初舞台
昭和13年(22歳) 七世坂東彦三郎を襲名
昭和30年(39歳) 十七世市村羽左衛門を襲名
昭和50年(59歳) 紫綬褒章
昭和58年(67歳) 日本芸術院賞
平成2年(74歳) 重要無形文化財(人間国宝)
平成3年(75歳) 日本芸術院会員
平成11年(83歳) 文化功労者
平成13年(84歳) 永眠


いまの坂東彦三郎さん,市村萬次郎さん,河原崎権十郎さんのお父様.
義太夫狂言がとても素敵だった印象が強くあります.
「合邦」とか「弁慶上使」とか…

市村姓をついでいるのが萬次郎さんだけですけれど,萬次郎さんは女形ですし,一番ニンが近いのは彦三郎さんかしら.台詞回しは権十郎さんも似ているなぁと思うときもありますし,はてさて…追善狂言にはなにがくるのでしょうか!?


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