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柝の会セミナー
5/13、第207回柝の会セミナーに昨年の第198回(ゲストは中村福助丈)以来、久しぶりの参加をしてきました。
今回のゲストは坂東彌十郎さん。
二年に一度しかお休みがない彌十郎さんですが、今月は珍しくお休みだそうです。
二部方式になっていて、一部は芸談を中心に、二部は彌十郎さんが旅をされたスイスの写真を見せていただきながらお話をうかがうというスタイルでした。
多趣味な彌十郎さんですので、色々なお話をうかがえて楽しかったです。
お相手は塚田圭一さん。
塚田さんは中村屋ともお親しいらしく、どうしてもそちらの話に流れがちだったのですが、全体として猿之助さんのところにいらした期間が長かったのでその関連のおはなしと、玉三郎さんのお話と、勘三郎さんのお話が主軸でした。

お話の順番どおりではないのですが、自分メモ的箇条書きで少しまとめておきます。
長いのでたたみます。


・。゜・☆。。。・゜☆・゜・ 。 ・゜・☆。・゜。・。。・。
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【「実盛物語」瀬尾について】
・役づくり
4月の歌舞伎座、仁左衛門さんの実盛で初役の瀬尾。
○○さんに教えていただく、という感じではなく、猿之助さんのところで修行していたときに段四郎さんに折に触れて聞いていた話と、孝夫さん当時に初演したときの瀬尾がお父様の坂東好太郎さんで、その時のイメージで、訥子さんのテープを借りて、仁左衛門さんに相談してやった。

・平馬返りをやらなかったわけ
瀬尾をやるときは絶対に平馬返りをやりたいとずっと思っていた。
昔はトンボが得意だったので、絶対にできるだろうと思っていたとのこと。
正式な平馬返りは立てひざ状態で立ち上がらずに前にくるっと宙返りをするもので、背中から落ちる。
3月の南座のときに楽屋で三度ほど稽古をしたが、スーパー歌舞伎で痛めた頚椎から背中にかけて響きすぎたのでやめた。


【彌十郎さんについて】
・父は8世坂東好太郎、兄は2世坂東吉弥。叔父は14世守田勘弥。

・初舞台は17歳のとき、というのは8歳のときに映画から歌舞伎に戻られたが、そのとき既にかなり身長が高かったため、子役がやるような役ができなかったので、大人の役で舞台に立てるようになるまで待ってからの初舞台となった。

・お父様は普段はまったく怒らない、温厚な方。二回だけ失敗をして怒られたことがあるけれど、あまりに普段怒らないので、そのときもお弟子さんや周りの方がびっくりしてしまったとか。

・お兄様とは19歳離れていたので、25歳のときにお父様がなくなられてからは父親のような存在だったとか。

・彌十郎という名前は、勘弥さんと好太郎さんが相談して決めた。
ちなみに大和屋にはそんなに名前がないので、新悟さんは本名のまま使える名前ということで玉三郎さんがいくつか候補を挙げて、その中から猿之助さんが選んだもの。「あいつはオイシイですね」

・ちなみにご子息新悟さんはすでに180cm近くあるとか。それなのに「どうしても女形」と言い張っている。
身長183cmで歌舞伎界で一番大きい。若いときは今の新悟さんみたいにガリガリだったのですって。


【彌十郎さんから見て・・・】
猿之助さん、玉三郎さん、勘三郎さんと3人を宙乗りに例えてお話をされていました。

・猿之助さんは…
ボス(猿之助さんのこと、当時そう呼んでいらした)はスーパーマンだよね、と右近さんとよく話していた。ワイヤーがなくても宙を飛べてしまう人。

・玉三郎さんは・・・
同じくワイヤーがなくても飛べる人。でもそれはティンカーベルのような感じ。

・勘三郎さんは・・・
ワイヤーなしで飛べるけれど、普段はクラーク・ケント(笑)


【演出について】
・猿之助さんのところにいらしたときに、右近さんと二人でよく演出助手をやっていた。
演出助手は下働きがあったり走り回ったりが忙しくてすごく大変。
例えて言えば演出は自分の好きなゲームをやっているみたいな感覚で、好きに動かせて、それが全体を通してみたときにうまく行ったときはすごく嬉しい。

・玉三郎さんの「夕鶴」のときに演出をした。
一番凝った所はつうが機を織っているところを見られて空へ帰っていくときに、消えるように飛んでいくというのをやりたかった。
玉三郎さんは最初反対したけれど、「一度見てください!」といって見せてOKをもらった。

・照明については玉三郎さんがとても詳しいので色々教えていただいた。


【いくつかの役について】
・塚田さんの「平成中村座で一日だけやった知盛が印象的」との言葉を受けて。
獅童さんが浅草で一ヶ月なさったのを教えたのが中村屋だったけれど、襲名披露で忙しいから間に一度見ていたとのこと。
「一ヶ月できるんだよな〜いいなぁ〜」と思いながら教えられたとか。

・塚田さん「鎌倉三代記の高綱とか馬盥の光秀なんかいいんじゃない?」というのには「やりたいです」

・「夏祭」の三婦はやっていて気持ちのいい役。
花道で権と八の手を引いて引っ込むところが特に気持ちがいいとか。

・義平次も思い切り憎たらしく出来るから発散できる。憎たらしいのはやっていて楽しかったり面白かったり。


【海外公演について】
・猿之助さんのところにいたときはほぼ毎年海外公演があったので、かなりあちこちいった

・NYでの公演は(猿之助さんとMETで「義経千本桜」をやっていて平成中村座は二度目)もっと違うかと思っていたけれど、舞台にたて観たらあまり日本と違わない感覚だった。

・客席の反応がぐわっと前にくるような感じがするときがあって、いつの間にか舞台の上で乗せられている。そうすると一緒に作っている感じがしてとてもよい。
これも日米変わらず。


【ラジオドラマに出るんです】
・ABC放送のラジオドラマに出演されるとのこと「初めての現代劇なんです」と言いながら、ひとくさりやってくださったのですが・・・
トークでお話される普段の声より、少しだけトーンを落とした声でこれがまた素敵なことこのうえなし!
ラジオドラマのいわゆる冒頭の自己紹介みたいな部分だったのですが、ドキドキしてしまうような声でした。
ABC放送『流星倶楽部』 作・弘兼憲史 「黄昏流星群」 より 「鈍色の星」
 放送日5/28,6/4,6/11



【趣味について】
・旅、写真、俳句、絵と多芸多才な彌十郎さん。

・一番の趣味は旅。中でもスイスがお気に入り。
学生時代に旅行に行くとかいうこともなく、いつか一人で旅をしたいと思っていた。行ったことのないところへ行く冒険心&スイスは危なくないから、というのもあるようですが、やはり素晴らしい景色とワインがいいのだとか。
ちなみにゴハンはあまり美味しくなく、チーズフォンデュはビールと食い合わせ(胃の中でチーズが固まってしまう)なので、白ワインか紅茶でないといけない。
ラクレット(わんこそばのように溶かしチーズが出てきて、ジャガイモにつけながらいただくもの)は美味しい。

・パリでは中華だとか。

・これから行ってみたいところは東欧。

・食べることがかなり好きで、俳句も二句出すうちのひとつは食べ物にまつわる句。

・いまもう少しやりたいなと思っているのは絵


【猿之助さんについて】
・旅も山も絵も写真も食べることも、全て猿之助さんから教わったこと。

・「役者は人に感動を与えなければいけない、そのためには自分が感動できる人でなければいけない。だからいい景色などいいものを観て、食べ物も美味しいものを食べて感動しなさい」と言われたそうです。


【夢】
・海外に、花道のある常設の劇場がほしい。
海外公演があっても、きちんとした花道がない。曲がっていたり、短かったり…現地の方が「歌舞伎観てきたよ」といっても、短い花道では不本意。
フランスに花道つきの常設の劇場が出来るのが夢。
そこでシェイクスピアを上演したら、現地の演劇の幅も広がると思う。


【その他いろいろ】
あったのですが、思い出したら追記します。


印象に残ったお話は、最後の夢のお話でしょうか。
日本でも花道つきの常設の劇場は(ふるい芝居小屋を除いて)10もないのですって。
常に歌舞伎を上演していなくてもいいと思います。花道のあるシェイクスピアやブロードウェイもまた楽しいでしょうね。


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