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2006年コクーン歌舞伎「東海道四谷怪談」に思う
【4/12改訂】

演劇は色々な形態があっていいと思います.
歌舞伎だって,色々な形態があります.
正解は,ひとつじゃない.
その代表例が‘型’といわれるもので,家に代々伝わっているものや,その俳優個人の工夫で新たに作り出されるものもあり,演出家のつかない歌舞伎の中で,様々な形態が生まれていったのだと思います.

コクーン歌舞伎が近年の歌舞伎の改革?の原点といわれます.
歌舞伎ブームの勢いもあって,それまで歌舞伎をまったく上演していない劇場で古典歌舞伎の一つを,新しい型(あるいは形・演出方法で)歌舞伎俳優が歌舞伎として上演したことがあげられます.
それも,今までになかったスピード感と演出で.

その最初の公演となったのは「東海道四谷怪談」.
斬新な演出,本水にプールを使った大立ち回り.
文化村の周りに渦を巻くようにできた当日券の行列.

その後,コクーンで上演した形態の一部を,歌舞伎座や,他の劇場でも上演したことによって,「四谷怪談」の一つの‘型’とまでは言わないけれど,中村屋の「四谷怪談」ではデフォルトの形になってしまった気がしていました.

2006年は‘南番’として上演.
新しい美術やコクーンならではの雰囲気も作用しているので,だいぶ印象は違うのですけれど,コクーン歌舞伎の初演のときにもやったプールを使った戸板返しや立ち回り以外,ぱっと見に歌舞伎座でやったものと大きくは変わらないように見えるかもしれない,と思ったのが第一印象でした.

観客は,もしかしたら演じる側や制作側も,コクーン歌舞伎には,必要以上に何かを,とくに‘斬新さ’を求めてしまうのかもしれません.

歌舞伎座ではできない色々な挑戦ができる場であることには変わらないけれど,ひたすら奇抜であればいいということでもないと思います.
きちんと‘歌舞伎’である部分も残しつつ,シアターコクーンという劇場のサイズ・色・雰囲気に合った,今までにない何か・・・言うのは簡単ですが,回を重ねていることもあり,実際はさじ加減が難しいというのが事実かもしれません.
そういう意味では,南番は目先の新しさが少ない分,ちょっと損をしているかしら,と思ったりもしました.
とはいえ,あえて今までと変えないことにより,演技で見せる部分が多かったり,また北番との対比を出せたのがよかったとも思いましたが.

その北番は,下座を殆ど使わず,音楽は洋楽,直接的な‘新しさ’を前面に押し出していました.
歌舞伎という観点から見ると,和楽器(下座)を使わないというのはちょっと違和感があるところでもあるのですが,懸念したのは始まる前だけで,演技と台詞がきちんと‘歌舞伎’であったために,全体としては予想以上にしっくりきていたように感じました.

何をもって‘歌舞伎’というか,何を持って‘歌舞伎らしさ’というのか,ということはだいぶ昔から,ことに多様な演劇形態がある今日ではよく言われることです.
明治・大正・昭和・・・それぞれの時代背景に合った形で,歌舞伎の改革ということはずっと行われてきたことです.
ガラス張りの箱の中に入れて眺める美術品とは違って,歌舞伎は生身の人間が表現している演劇の一つです.
古典を守ることも大切ですけれど,守るだけでは一時期のように衰退の一途をたどるだけですし,新しく色々な可能性を試すことができるというのは,そしてそれを観るという形で共有できるということは,多様な娯楽がある今の時代の中ではやはり必要だと思います.

「21世紀の歌舞伎は滅びてしまう」とある大幹部が発言していた約二十年前に,誰がこの状態を想像したでしょう.
おそらく,そのときに危機感を感じた世代が,今の中核になっていると思います.
いろんな事情があったにせよ,いずれにしてもその代表が猿之助や勘九郎であり,コクーン歌舞伎の原点なのかしら,とふと思ったりもしました.
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「伊勢音頭恋寝刃」豆知識
「伊勢音頭」はよくかかりますがなかなか通しではやらない狂言.
油屋から観ると,前提がちょっとわかりにくいのが難点です.
そのうえ,江戸でも大坂でもない,‘伊勢’という独特な世界が舞台になっているので,何気なく見逃してしまえば気になりませんが,ひとたび引っかかると,更にわかりにくく感じるかもしれません.

主人公の福岡貢は御師という仕事をしています.普通は「オシ」と読むようですが,伊勢の場合は「オンシ」と読みます.
下級神官と説明されることが多いようですが,仕事は祈祷の委託や伊勢参りにきた人の宿の手配,伊勢案内をはじめ,地方の檀家に御祓,伊勢暦,お土産物を配り初穂料を頂き,また伊勢参拝を勧誘,斡旋することだったようです.今で言うところの広告塔兼代理店兼ホテル兼神官,といった感じでしょうか.

伊勢参りの精進落としで,古市の茶屋で遊ぶことが多かったようです.
このあたりは茶屋・宿・芝居小屋などが多くあり,一大歓楽街だったところです.
その斡旋も御師がしていたようで,御師は茶屋では顔だったのでしょう.そうすると,油屋での貢はただの客というわけではないということがわかります.
ちなみに,古市で油屋はトップクラスの茶屋で,実在したそうです.

ところで,その油屋で,お鹿がお紺に言う台詞で「鹿さん紺さんなかよしさん ここばかりじゃやてかんせとさぁ 間の山(あいのやま)ではなけれども」というのがありますが,これは間の山にいたお玉・お杉という女芸人が歌っていた客引きの歌で「しまさんこんさん、中のりさん、ここばかりじややてかんせ」というのがあり,そのパロディの台詞です.
この間の山というのは,伊勢神宮外宮と内宮の間にあって,伊勢参りの方達の宿が立ち並び,外宮から内宮に抜ける参拝路だった場所のことのようです.
「しまさん」は縞の着物を着た人,「こんさん」は紺の着物を着た人,つまりは「ちょっとそこのお方」ぐらいな呼びかけの言葉だったのでしょうか.

ほんのちょっとした言葉を上手く遊んで取り入れる才能が,昔の人には今の人よりずっとあったのかもしれません.
そしておそらく,「伊勢参り」が盛んだった昔は,間の山の女芸人の存在も,御師の活躍も誰もが知っていることだったのでしょうね.
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六世歌右衛門五年祭にむけて-その2
今月はまだ観劇が残っているのですが,昨日,「六世中村歌右衛門展〜当り役を中心に」を見てきたので,そろそろ四月モードに切替です(笑)
演目と配役を改めてながめてみました.

「孤城落月」については,1/31に結構書いたのですが,嫌い嫌いと言いながらしつこく追記するとすれば,やはり裸武者・・・(決して裸好きでも武者好きでもないです,私は姫と花魁が好き).
国生クンですか・・・聞いた話ではダイエットにいそしんでいるらしいのですが,記憶にある限りでは最年少だと思います.
ちなみに,歌右衛門丈が淀の方をつとめられていたときは,玉太郎丈でした.裸武者の人,って覚えていたぐらい(笑)
見るからに怪我が多そうな立ち回りなので,怪我なく頑張ってほしいですね.
この作品があまり好きではないという理由は,歌右衛門丈が暗くて怖かったからイメージが悪いというのもあるのですけれど,実はもう一つあって,ご年配になって思うように体がきかなくなったら演じる,という更に悪いイメージがあるのですよね.
とはいえ私にとってはひたすら怖かった淀の方も,それだけ迫真の演技で代表作の一つでもあるわけですけれど.

豪華配役なのは「関八州繋馬」.
変化物の舞踊は好きです.
咲十郎丈のブログを読んでいると,立ち回りも豪華そうなので楽しみです.以前,近松座で上演したときのものを映像で観た事がありますが,派手さが印象に残っています.
「演劇界」5月号の梅玉丈・魁春丈のインタビューによると,意外にも魁春丈は隈をとられるのは初めてだとか.お似合いになると思うのですけれど,如何でしょうか.

そして一番の楽しみは「伊勢音頭」.
それまでは,ヒロイン好きなのでお紺派だったのですが,万野もいいなぁとおもったのは,歌右衛門丈の万野を観たときでした.
梅玉襲名のときは,梅幸・お紺VS歌右衛門・万野だったのですが,このときの万野の嫌なこと!
歌右衛門丈といえば,いつまでも振袖姿か花魁か片はずし系もしくは淀の方(苦笑)というイメージがあったのですが,こういう役をやるとはちょっと意外だった記憶があります.
その歌右衛門万野はもう本当に底意地が悪くて,いびり倒すし,抜け目ないし,なんだこの女!というぐらいひどい人でした.
でもきっと,どこかでちょっと貢のことを思っていて,でもどうにもならない,可愛さ余って・・・というところがあるのかしらと思わせられる万野でした.
そうやって生きてこないと生き残れなかったのかしらという何かを感じるものがありましたね.
(このときのお紺も本当にすばらしかったのですけど,梅幸丈なので話が脱線するので別のときに)
本来的には歌右衛門丈ならお紺なのでしょうけれど,襲名披露時のゴチソウ(ご子息の襲名だからゴチソウとは言わないかしら)として,万野をつとめられたのだと思いますけれど,あれだけいやらしい万野だったのに,まったく下品さが無かったことが印象的でした.上質な方はどんな役をなさっても上質なのでしょうか・・・

最近の思い出があるような舞台のほうが,観る側にとっても歌右衛門丈の姿を思い出しやすいし,追善にはふさわしいのかもしれない,と思いました.
「狐と笛吹き」や「関八州繋馬」「時雨西行」は他の方ではありますけれど,歌右衛門丈が出演されていたのは残念ながらみたことがありませんから.
そういう点からすると,歌舞伎俳優は‘引退’がない世界,やはり歌舞伎に関しては「早く生まれた人がうらやましい」ってなってしまうのですよね.

今このときの良さがあることは,十分わかっているのですけれど.
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六世中村歌右衛門展@早稲田大学演劇博物館
mayaribeさんのブログのエントリーを拝見して,急に思い立っていってきました.



以前,デパートでやったものとは違い,ずっと規模は小さいものでした.
衣裳(八ツ橋)2点,写真,台本,ポスターと代々の歌右衛門の浮世絵.

それと映像が流れていたのですが,
・昭和60年4月歌舞伎座『助六』※團十郎襲名披露公演
  (團十郎の助六,歌右衛門の揚巻,13世仁左衛門の意休)
・昭和52年11月歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵-七段目』
  (2世松緑の由良之助,歌右衛門のおかる,8代目幸四郎の平右衛門)
・昭和53年1月歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵-九段目』
  (歌右衛門の戸無瀬,雀右衛門の小浪)
以上3本をダイジェストで8分ぐらいにまとめたものでした.

感想は…歌右衛門はやっぱりすごい!
いろんな方がすごいすごい仰っているのがよくわからなかったのですが,すごいです.
戸無瀬のビデオの,刀を持って決まるところの美しさといったらないです.
私が大人?になるまで舞台に立っていた方なので,数は相当見ているのですけれど,観始めたときは何にもわからなかったし,ちょっとわかるようになってきた頃には,だいぶカラダがきかなくなっていらしたので,正直‘すごさ’というのを実感したことはそんなに数は多くなかったのです.

戸無瀬も観たことはあるのですけれど,きちんと記憶にあるのと,ビデオのものではやはり動きがだいぶ違うのですよね.
決まったときの思い入れの凝縮度がワイド画面越しにもかかわらず伝わってきました.
展示物を観にいったはずなのに,ビデオの前で座っていた時間が一番長かったかも…(2回も見てしまいました)

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イマドキ歌舞伎事情-卯月号
話題豊富!?

歌舞伎座は六世中村歌右衛門五年祭・四月大歌舞伎
朝から晩まで歌右衛門丈に由縁のある演目・・・とくに,‘書き物’といわれる,新作のもの(つまりここでいえば,六世が初演ないしは復活したもの)を中心に上演されます.
昼の部は梅玉・福助でメルヘン風な「狐と笛ふき」,雀右衛門による舞踊「高尾」,芝翫・勘太郎の「弧城落月」,魁春・仁左衛門・梅玉・吉右衛門・菊五郎と大顔合わせの「関八州繋馬」.
夜の部は吉右衛門・魁春の「井伊大老」,玉太郎丈が松江を襲名披露,玉太郎丈のご子息が玉太郎として初舞台お披露目の「口上」,舞踊「時雨西行」に仁左衛門・時蔵・福助の「伊勢音頭恋寝刃」.
松竹サイトの‘みどころ’も参考になりますが,六世のご長男の中村梅玉丈のサイトに,各演目と六世の関係について,細かく紹介されています.オススメ→☆コチラ☆

三月に引き続き,シアターコクーンではコクーン歌舞伎「四谷怪談」を上演.
記念すべき初のコクーン歌舞伎はこの「四谷怪談」でしたが,串田氏はそのときあくまでアドバイザー的存在で,演出をしていなかったのでした.
そのため,今回はほぼ初演当時の南番と,串田氏による新演出の‘三角屋敷’を中心とした北番に分けて上演しています.特に北番はコクーンらしい斬新な演出になっているとか.


毎年話題のこんぴら歌舞伎は,三津五郎・海老蔵・亀治郎の顔合わせ.
昼の部は「仮名手本忠臣蔵」五段目・六段目を海老蔵の勘平,亀治郎のおかるで.
また,三津五郎の舞踊「浅妻船」「まかしょ」も必見です.
夜の部は国立劇場で三津五郎が一度上演した「浮世柄比翼稲妻」を三人で,また海老蔵・亀治郎の「かさね」.


たった一週間の公演ですが,松竹座では浪花花形歌舞伎
第一部は「伊勢音頭恋寝刃」.通常よくかかるのは「油屋/奥庭の場」の二場面だけですが,今回は通しで上演される滅多にないチャンスです.貢は東京で演じている仁左衛門の甥にあたる愛之助が初役で演じます.
第二部は翫雀の「大石主税」と孝太郎の「お染の五役」.
第三部は新作で「大塩平八郎」とバラエティーに富んだ三部制です.


そして月末は三日間の公演ですが,昨年に引き続
き,醍醐寺の境内に特設舞台がしつらえらえる醍醐寺薪歌舞伎
国宝の前に舞台をしつらえての屋外公演になりますが,今年は富十郎・橋之助・愛之助・孝太郎による「船弁慶」を上演.
いつもの見慣れた松羽目の背景ではなく,国宝の仏像の前で演じられるためか,いつもよりも神がかって観えると言っても過言ではありません.昨年の醍醐寺薪歌舞伎の様子は→☆コチラ☆


【各公演データ詳細】

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『二人椀久』エトセトラ
今月,歌舞伎座で上演している長唄『二人椀久』
とっても幻想的かつ美しく,好きな舞踊のうちの一つです.
過去の上演でやはり印象に残っているのは富十郎・雀右衛門のゴールデンコンビのものです.
歌舞伎名作撰 達陀 / 二人椀久
歌舞伎名作撰 達陀 / 二人椀久

歌詞もとってもキレイなんですよね.
引用しようかしらと思っていたのですが,「マツラボ・日本文化を楽しむ会」さんのBlogに頼らせていただきます→ ☆コチラ☆

普段あまり調べたりしないのですが,何となく検索していたら,長唄杵家会のHPの中に,長唄聞書というページがありました.
興味のある唄をいくつか読んでみたのですが,結構専門的なことが書いてあるところもあって,素人には少しわかりにくい部分もあります.
『二人椀久』についても叙述がありました.
初演の松永忠五郎は水戸の能役者の出との事で、「筒井筒」は彼にあてて作られたそうです。ただしくれぐれも謡になってはいけないと昔から代々注意があります。小谷青楓『長唄の心得』の中で「長唄でいちばん難しい物が椀久、椀久でいちばん難しい所が筒井筒」とあります。

囃子(鳴物)としてもかなりハイレベルとのことですが,長唄としてもやはり最高レベルの作品であるようです.

ところで,椀久さんにまつわるお話は長唄の『二人椀久』の元になった浄瑠璃『椀久末松山』ともうひとつ,若き頃の井原西鶴が書いたという浮世草子『椀久一世の物語』というのがあるそうです.
この二つをうまく比較しながらまとめていらっしゃるのが西川矢右衛門さんのサイトで,ココにお話が出ています.
これを読む限り…井原西鶴のほうは,なんとめちゃくちゃな話なんでしょうねぇ,といった感じですが…

美しい『二人椀久』の世界が,なんだか違った方向に行ってしまいますが,この落差も歌舞伎らしさの一つ,だったりして!?


【3/10追記】
東京新聞・名流に富・雀コンビで磨き上げた二人椀久 菊之助が松山太夫で初挑戦という記事が出ていました.
菊之助丈の並々ならぬ熱意と,富十郎丈・雀右衛門丈の思いがこもった一幕,一ヶ月じっくりみていきたいと思いました.
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「菅原と忠臣蔵」と「演劇界」と‘仁左衛門’
【十三世片岡仁左衛門追善公演特集】

菅原と忠臣蔵
菅原と忠臣蔵

『菅原伝授手習鑑』『仮名手本忠臣蔵』について,上方のやり方と,東京のやり方を比較しています.

片岡家というのはずっと関西に居らしたというわけではなく,八代目さん,十一代目さん,十三代目さんも当代我當さんも東京生まれだそうです.
ですから,片岡家の方は上方の物だけでなく,江戸のものもできなければいけないそうです.
当代の仁左衛門丈の活躍を見ていても,まさにそのとおりですね.

「菅原と忠臣蔵」は読んでいると,専門的でわからない部分もあるのですが,上方のことを中心としつつも,随所に江戸との比較がされています.
江戸のことがわかっていないと,このようなまとめ方はできないと思いますし,それだけ精通していらしたということでしょう.
もちろん,追善公演の『道明寺』についても書かれています.

「演劇界」4月号に追善特集が組まれています.以前の舞台写真を見ると,長男の我當丈が一番そっくりだけれど,伊左衛門や松王丸の横顔は当代仁左衛門丈も似ているし…と色々な想いが出てきます.
さらに,我當丈,秀太郎丈,仁左衛門丈のインタビューが掲載されており,それぞれの父・十三代目仁左衛門丈への想い,追善公演への想いが語られています.
「十三代目片岡仁左衛門さん」HPに掲載されているのお弟子さんたちの想いと合わせて読むと,芸に厳しく,人に優しいお人柄が浮かんできます.
近年あった数々の追善公演の中でも,特に想いを馳せる‘追善’らしい追善公演になるのではないでしょうか.
そんな気がしています.
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文化デジタルライブラリー【菅原伝授手習鑑】
【十三世片岡仁左衛門追善公演特集】

文化デジタルライブラリーのサイト内の【菅原伝授手習鑑】コースのご紹介です.
ちなみにこちらには三大義太夫全ての特集が組まれています.

あらすじ,人物相関図,登場人物の心情などかなり細かく出ています.
写真は著作権の関係上,教育機関等で登録されているところでしか見ることができないのが残念ですが.

実際にはそんなことはないのですけれど,よく「歌舞伎はむずかしい」といわれますし,今回のように見取り狂言(通し狂言のある一場面だけを抜き出して上演すること)になってしまうと,より前段のあらすじがわからないとストーリーがより難解に感じられてしまいます.
でも,私は難しいことを知識として先に頭に入れるよりも,あらすじだけザックリ観ておいて,観劇後にわからないところを筋書やインターネット,書籍等で補足していくほうがいいと思うのですよね.

はじめて見る方にはどんなストーリーか,どういう人が出てくるのかがわかりやすくまとめられていますし,既に詳しい方には,文楽との比較など細かい点も記載されているので,見ごたえのあるサイトだと思います.
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道明寺と覚寿
【十三世片岡仁左衛門追善公演特集】

(といいつつ覚寿のことを書いているあたりがワタクシなんですが…)


啼けばこそ別れもうけれ鶏の音の
            鳴からむ里の暁もかな


『菅原伝授手習鑑』の主人公・菅丞相(菅原道真)が道明寺を去るときに詠んだ歌です.
歌舞伎の場合,必ず外題(題名)に入っている名前=物語の主人公,とは限らないのです.
たとえば『義経千本桜』は義経は出てきますが,義経を取り巻く人々が各場面の主役になります.
『菅原伝授手習鑑』も同様で,菅丞相は特に「道明寺の段」では主役として登場しますが,この段で菅相丞と同じぐらい大活躍するのが,伯母の覚寿です.

道明寺は現在の大阪府藤井寺市道明寺にある真言宗御室派の尼寺.
歌舞伎の『菅原伝授手習鑑』の道明寺では,菅丞相(菅原道真)が都から落ちるとき,道明寺の尼僧で伯母である覚寿に会いに道明寺に行きます.
そこを去るところで道明寺の段は終わっていますが,その後の覚寿について,道明寺のHPに書かれていました.

道明寺の名物に「糒(ほしい=干し飯)」があるようですが,そこにこんな記述があります.
道明寺糒(ほしい)の起源は菅原道真公の伯母上が、この寺に住んで居られ、道真公が築紫に左遷された後、毎日、伯母の覚寿尼が九州に向ってお供へされたご飯のおさがりを、分かち与へたが、これをこれをいただくと病気がなほるといふのが評判となり、希望者が多くなるにつれてあらかじめ乾燥、貯蔵するようになったのが糒のはじまりで、千年以上前の事です

覚寿は甥の道真を心配しながら日々つとめていたのですね.

ところでこの覚寿,歌舞伎の老女の大役「三婆」の一つに数えられます.
(他は『近江源氏先陣館-盛綱陣屋-』の微妙(みみょう),『信州川中島合戦-輝虎配膳-』の越路(こしじ)または『ひらかな盛衰記』延寿(えんじゅ))
父(養父)菅丞相との最後の別れと忍んできた苅屋姫に,菅丞相の流罪は娘苅屋姫の不義(斎世親王との密会)が原因になったと,覚寿は折檻を加えます.また,菅丞相の命を狙ったことを知ってしまっために土師兵衛親子に立田の前が殺されたことを見抜きます.洞察力や厳しさをもちながらも,そうはいっても娘を一目だけでも養父に会わせてやりたいと願う情に厚いところもあるという,男勝りの気強さを持った中に,気品と愛情を持った大変な難役といえるかと思います.

ちなみに,道明寺天満宮というところもあります.
もともと一つだったのですが,1872年の神仏分離令によって移設したそうです.
こちらには道真公の歴史と和歌について詳しく書かれています.

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十三代目片岡仁左衛門追善公演にむけて・・・
【十三世片岡仁左衛門追善公演特集】

十三代目片岡仁左衛門丈といえば,晩年だったので,どうしても上置的な役どころが多かったように思います.
年齢的にも,立場的にもそれは仕方の無いことなのかもしれません.
印象的なのはやはり伊左衛門・孫右衛門・平作・そして鬼一.

伊左衛門は顔見世でやった一世一代を劇場で観ました.そのすばらしさがわかる年齢に達していなかったのが悔やまれますが,やわらかい,ほわわん,とした伊左衛門だった印象が残っています.
NHKでもそのあとになさっていたのですが,南座とは劇場のサイズがものすごく違うので,受ける印象がまたちょっと違いました.
ちょっと意外なところでは鬼一.このときは見得をしたときに,本当にカッと力強い視線で,そのちょっと前に腰元に手を引かれて出てきた姿とは全く違い,迫力をものすごく感じました.
目が不自由だということを知ったのはもう少し前だったのですが,そんな状態で一寸足りとブレることなく,力強い,気迫あふれる見得であるということにとても驚きました.

最近,十三代目片岡仁左衛門ドキュメンタリー映画「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」が下北沢や東中野,京都宝ヶ池で上映されましたが,ちょうど私が観た演目がたくさん出ていて,記憶がよみがえってきたりしました(実際映画は全部は観にいけなかったのですが).
今までに観た中でも印象的なのは・・・

(順不動)
『新口村』孫右衛門
『沼津』平作
『廓文章』伊左衛門
『寿曾我対面』工藤祐経
『菊畑』鬼一
『楼門五三桐』石川五右衛門
『道明寺』菅承丞
『荒川の佐吉』相模屋政五郎
『車引』藤原時平

そして『口上』!
十三代目さんをご存知の方は思い当たる節があるかと思いますが.
ワタクシが観ていた頃は,上手側一番端が定位置(笑)で,まぁ話す話す・・・こんなことを言ったらご贔屓の皆様にしかられてしまうかもしれませんが,‘なんてキュートなおじいさん!’という感じで,とてもかわいらしく見えました.
『口上』はある程度事前に内容は決まっているのでしょうが,時々思い出したように話されていたらしく,同じ月で内容が増えていたりすることも時々ありました.
独特の語り口で「あれは明治○年の・・・」と始まるので,客席は笑ってしまうのですよね.もちろん,客席はそんな明治の時代のことなんて知っている方のほうが少なかったと思うのですけれど,特に襲名口上だと,時として披露される方のひいおじいさまやそのご先祖をご存知だったりするので,‘本で読んだ○○さんの名前が!’といつまででも聞いていたいような気持ちになりました.

そんな感じで客席も和やかな雰囲気にしてしまい,サービス精神からか,持ち時間が長かったのかたくさんお話されるので・・・当然,あとの方たちは猛烈な早口.『外郎売』もびっくりの早口言葉のようなアイサツにいつも笑わされてしまいました.

『口上』での思い出話は歌舞伎俳優としては枝葉の部分かもしれませんけれど,お話をされるときに,とても懐かしそうに,そして嬉しそうに目を細めて,楽しそうに話していらしたのが印象的でした.
もしかしたら,ご自身がたどってこられた上方歌舞伎がどん底だった時代と,いま自分が生きている時代を心のどこかに思っていたのかはわかりませんが・・・

きっと芸の上ではとても厳しかったのかと思いますけれど,本当に優しいお人柄というのは『口上』によく表れていたように感じます.
「十三代目片岡仁左衛門さん」の中のインタビュー等を拝見していて,そんなことを思い出したり感じたりしました.
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